丹後に伝わる津波伝承


干塩稲荷神社

9月1日は防災の日。今回は京都府北部の丹後に伝わる津波伝承を書いてみます。

干塩稲荷神社からの眺め9月1日は、1923年に関東大震災が発生した日で、現在は「防災の日」として知られています。関東大震災では強風下での地震火災によって数多くの方の命が奪われました。京都では1927年の北丹後地震が関東大震災と同様に火災によって多くの方が被災した、たいへん悲惨な震災として忘れることが出来ません。北丹後地震については、以前に郷村断層について書いたブログにまとめています。また、現在閉鎖されていますが、丹後震災記念館についても記事を書いています。

干塩稲荷神社一方、2011年の東日本大震災では津波によって多くの方が亡くなりました。京丹後には「津波が来た」という伝承が複数伝わっています。具体的には続日本紀に丹後で発生したと記されている701年の大宝地震による津波ではないかと考えられていますが、詳細は不明。しかし現地の伝承では大宝地震かはともかく、「津波が来た」という伝承があるのです。例えば、京丹後市大宮にある「干塩稲荷神社」は「大昔、津波が押し寄せてきたが、この神社の前でピタリと止まった。その後、この神社の神威をたたえて干塩稲荷神社と呼ぶようになった」と伝承されています。先日訪れてみましたが、かなりの内陸で高台。ここまで津波が来るというのは相当な大津波です。

干塩稲荷神社神社の場所は、京丹後大宮ICから近い、セントラーレ・ホテル京丹後(小町温泉)への道の途中です。ただ、「干塩」を「塩干」と入れ替えると、麻呂子親王と一緒に鬼退治をした「塩干皇子」と繋がるのが気になります。この辺りは伝承ですので、史実だったと断定は出来ませんが、いずれにしても間人(たいざ)から大宮へと通じる竹野川に沿って津波が遡上してきた事実はあったのかもしれません。

荒塩神社別に、竹野川を津波が遡上してきた伝承を伝えるのが、京丹後市大宮町周枳(すき)の「荒塩神社」。こちらは間人(たいざ)からの津波によって鳥居が流れ着き、その場所に創建されたという伝承があります。いずれにしてもこちらもかなり内陸です。私は東日本大震災から程なくの時期に、津波の被災地に入ったことがありましたが、北上川を津波が遡上し、河口から10kmほど内陸でも船が打ち上げられていたのが衝撃でした(津波は河口から49km上流まで達し、被害は河口から12km付近まで及んだとのこと)。荒塩神社も干塩稲荷神社も竹野川の河口から10km以上内陸ですが、津波が遡ってくるというのもあり得ない話ではないのでしょう。

真名井神社 波せき地蔵堂また宮津湾の天橋立に近い「真名井神社」の入り口には「波せき地蔵堂」が祀られています。大宝地震の際の津波がこの地蔵の場所で切り返したと伝えられ、以後天災地変から守る霊験で信仰されてきたのだそう。大宮町の竹野川とは違う場所ですが、宮津湾にも津波がやってきたのでしょうか。いずれも古い時代で真偽の詳細はなんともいえませんが、京都府北部の海から内陸まで津波がやってきたという伝承があることには留意していただければ思います。

荒塩神社からの眺め

竹野川

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

第15回・第14回京都検定1級(合格率2.2%)に2年連続の最高得点で合格。気象予報士として10年以上。京都検定マイスター。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳」監修。特技はお箏の演奏。


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