アジサイが彩る恭仁京跡


恭仁京跡

先日、南山城の恭仁京跡を訪れました。

恭仁京跡京都といえば794年に平安京が造営されたことはよく知られています。さらにその10年前には長岡京があり、現在も発掘が進められています。一方、南山城にあった恭仁京(くにきょう)は、比較的知名度が低いかもしれません。時期は奈良時代の740年で、藤原広嗣の乱ののち聖武天皇によって奈良の平城京より遷されました。場所は現在の木津川市周辺で加茂に平城京から移された大極殿が設置されました。鹿背山を挟んで東西に分かれるという変則的な設計ながら条坊地割りも行われ、墾田永年私財法の発布は歴史に残りましたが、743年には造営が中止され、恭仁京は短命に終わりました。以後都は転々としていきます。

恭仁京跡恭仁京の周辺は木津川が流れ、瓶原(みかのはら)と呼ばれる地域。紫式部の曾祖父の藤原兼輔(中納言兼輔)の「みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」の和歌は百人一首でも知られます(ただし、この歌は兼輔の歌ではないとの説が有力)。いづみ川は木津川のことで、泉のように水が澄んでいるから、あるいは古事記・日本書紀にあるように、第10代崇神天皇の御代のタケハニヤスの反乱に際し、朝廷軍とタケハニヤスの軍がこの川を挟んで挑み合ったことから「いどみ川」→「泉川」となったとの話もあります。

国分寺跡恭仁京は廃都された後、中心地が山城(山背)国分寺となり、その遺構が現在まで残されています。応時は七重塔も建つなど壮麗な伽藍があった様子が、転がる礎石からも感じることができます。この時期はアジサイが彩り、秋にはコスモスも綺麗。大極殿跡の碑もありますので、立ち寄っていただくのもおすすめです。なお、紫陽花の写真は7月1日の撮影で、現在は様子が変わっているかもしれません。

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ガイドのご紹介

吉村 晋弥(よしむら しんや)

京都検定1級に3年連続最高得点で合格(第14回~第16回、第14回合格率2.2%)、「京都検定マイスター」。気象予報士として10年以上。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2020」監修。特技はお箏の演奏。


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