愛宕念仏寺で11月11日に「天狗の宴(さかもり)」が行われました。
先日、羅漢像をご紹介した愛宕(おたぎ)念仏寺で、11日に「天狗の宴(さかもり)」が行われました。この行事には文字通り天狗が登場し、愛宕山の天狗に由来しているかと思いきや、愛宕念仏寺が東山にあった時代から行われてきた古い歴史を持つ行事です。本来は正月2日に行われていた牛王(ごおう)加治でした。天狗は「転供」がなまった言葉で、御供物を何人かで順々に回して(転じて)、法前に供えることを示しています。牛王とは「牛王宝印」のことで、一般的には災難除けの護符として、かつては広く授与されていたものです。
東山に愛宕念仏寺があった時代は、寺の周りには犬神人(いぬじにん)と呼ばれる八坂神社に仕える人びとが住んでいました。犬神人は、神社に仕える一方で、その土地柄、葬送に携わり、あるいは弓弦を作って売っていたため、現在もその地には弓矢町の名が残されています。かつての愛宕念仏寺は、こうした犬神人の住む土地にあり、その住職も代々、犬神人から選ぶならわしがありました。
正月2日の行事では、犬神人らによる酒盛や読経が夜通し行われて、それが終わると牛王杖で建物を叩きながら太鼓や法螺貝を鳴らしつつ悪鬼退散を祈願して、牛王札を貼って(配って)いきました。面白いのは、この牛王札は、愛宕山の「火之要慎(ひのようじん)」の護符であったというのです。愛宕山にあった白雲寺(現在の愛宕神社)を中興した僧・慶俊は、愛宕念仏寺のすぐ隣にあった六道珍皇寺を開創した人物でもあり、古くからその関連性があるのかもしれません。また、お酒で赤ら顔となった様子も天狗を思わせます。なお現在は酒盛りは行われません。
一方、現在の愛宕念仏寺の近く、愛宕山にも、古くから天狗信仰がありました。愛宕山には太郎坊という天狗が住んだと伝わります。鞍馬は僧正坊、比良山は次郎坊、それらの天狗を統べるのが太郎坊だと。平安時代の末期、藤原頼長が近衛天皇を呪うために行ったとされるのは、愛宕山の天狗像の目に釘を打つ行為です。さらに、安元3(1177)年に都で起きた大火災(安元の大火)は、愛宕山の天狗(太郎坊)の仕業とされて太郎燃亡と呼ばれました(異説あり)。
現在行われている天狗の宴は、古くからの伝統行事に愛宕山の天狗信仰が結びついたような形態となっています。最初に奉納されたソプラノ歌手の歌が終わると、地蔵堂から山伏が天狗の姿で現れて「南無千観(なーむせんかん)」と唱えながら、本堂の回廊に上がります。そして弓矢で四方と鬼門を射て魔を払うと、本堂の周りを再び「南無千観」と唱え、杓(しゃく)を打ち鳴らしながら一周していきます。
そして天狗は堂内へと入って、僧侶の周りを囲みます。そして千手観音のご真言「オン バサラ ダルマ キリ ソワカ」がご住職より唱えられると、天狗にはヒノキの枝が渡され、希望者は護符の授与(500円)とともに、天狗による厄除けのお加持を受けることができます。「南無千観 南無千観 南無千観」と天狗は早口で唱えながら、頭を加持して下さいます。
このように深い歴史と、天狗というインパクトの強さを合わせ持った、天狗の宴(さかもり)。今は実際に酒盛をするわけではありませんが、大変個性的で面白い行事ですので、機会がありましたら足を延ばしてみて下さい。なお、行事の前のソプラノ歌手の歌声奉納も大変素晴らしかったです。
「京ごよみ手帳2019」訂正のお知らせ
・P39の三十三間堂「楊枝のお加持と大的大会」の日程が1月14日となっていますが、正しくは「1月13日」です。
・P225の「京都御所」のデータで、2番の休みは「月曜(祝日の場合は翌日)・年末年始・臨時休あり」です。
ご迷惑をおかけいたします。
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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)
第14回京都検定1級(合格率2.2%)に最高得点で合格。気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。8年ぶりに受験した第13回京都検定で再度1級に合格し「京都検定マイスター」となる。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳」監修。特技はお箏の演奏。