天龍寺 節分会と七福神巡り


2月3日の節分。嵐山の天龍寺では節分会に際し、福笹を持って境内の塔頭に祀られている七福神に参拝する七福神巡りも行われました。

京都の節分は各地で個性的な行事がそろっています。天龍寺の七福神巡りも、その一つです。福笹が授与される七福神めぐりと言えば、1月の成人の日に行われる泉涌寺が知られています。あるいは、都七福神巡り、京都七福神巡りなど、新春に七福神を巡ってそれぞれのご利益を授かろうという習わしは、京都にも息づいています。

七福神は、一般的に恵比須・大黒・弁財天・毘沙門天・布袋・福禄寿・寿老人の七人の神々で、室町時代に発展していった福の神のオールスターといった存在。その人気ぶりを表すのが、七福神強盗。室町時代、七福神姿の強盗に入られた家は「福が来た」と喜んだというほど、庶民に信仰されたのが七福神です。実は日本出身は恵比須だけで、インド出身と中国出身とが3名づつとなっています。それぞれ個性があって非常に面白いので、どこかで細かく書くかもしれませんが、今回は割愛します。実は、天龍寺の七福神は、定番とは違っていますので後述します。

さて、天龍寺の節分会は地元参加型の行事です。節分も七福神信仰も庶民に根付いた風習ですので、観光寺院となった世界遺産・天龍寺でも、この日は境内に、地元の小学生の鬼の絵や書道が飾られ、甘酒接待や露店も出され、極めつけは今風の音楽まで流れて、本当にいつもの天龍寺かと思うほどの境内の様子となっています。当然地元の方に加えて観光客も交じってきますので、結構な賑わいとなります。

豆まきは法堂前で11時半、1時半、3時半の3回行われます。地元の子どもたちも多く参加しますが、安全に配慮して後ろの方に子ども専用スペースが設けられています。30分ほど前から境内に豆まきのアナウンスがあり、大勢の方が集まってきます。撒くスペースはそれほど広くはありませんので、かなりの混雑ぶりです。今年は日曜日ということもあって、例年よりも人が多いとの地元の方の弁でした。

豆まきは、天龍寺の管長さんや京都の議員さんによって行われます。豆は五色の袋に入っていて、私は一番前に立っていたのが功を奏してか、四色集めることができました。それにしても・・・、伏見稲荷以上に激しい豆の取り合いです。人の圧力、落ちた豆袋を拾おうとする足へのプレッシャー、小柄な私は身の危険とカメラの危険を感じました。小さな子どもは、特にご注意ください。

七福神めぐりは境内を囲む各塔頭で行えます。基本的には絵馬のついた福笹(2500円)を買い、各塔頭でそれぞれの福の神に参拝して短冊型の御札を福笹にくくりつけてもらいます。御札は1か所500円~1000円で、七福神全ての御札を集めようとすると、福笹と合わせればそれなりの対価が必要という代物です。福笹には空くじなしの福引も付いています。

天龍寺の七福神はよく見ると定番の神々とは違っています。恵比須、大黒、弁財天、毘沙門天、福禄寿は同じですが、残りの二か所は稲荷と不動明王。つまり、寿老人の替わりに稲荷、布袋の替わりに不動明王が加わっています。いずれも庶民に根付いた信仰対象ですので、許容されるのでしょう。なお、巡る順番は「三秀院(東向大黒天)→弘源寺(三國傳来毘沙門天)→慈済院(水摺辯財天)→松巌寺(福禄壽)→永明院(永明精舎恵比寿)→寿寧院(身守不動明王)→妙智院(宝徳稲荷)」だそうですが、実際にはどこからでも回れます。ご予算に合わせて、取捨選択してもよいかもしれません。

七福神巡りも福笹を手にした大勢の方で賑わい、私も脇から参拝させて頂きました。普段は門が閉まっている塔頭もありますので、参拝できる貴重な機会ですね。塔頭によっては、福笹に御札を付けてくれるのが可愛らしいお子さんだったり、甘酒を振る舞って下さったりと、ほのぼのとした雰囲気も感じます。個人的にはこうした天龍寺の境内もいいものだなぁと感じました。さて、次回は今年の節分のメイン、廬山寺をご紹介します。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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