新緑の瑠璃光院 見納めのお庭へ


新緑の瑠璃光院

先日、お客様をご案内して、新緑の瑠璃光院を訪れました。実は、この5月31日を持って拝観が終了し、今後もうお目にかかれないかもしれません。

新緑の瑠璃光院瑠璃光院は、洛北の比叡山の麓にある浄土真宗のお寺です。市街地から離れてはいますが、叡山電車の八瀬比叡山口から徒歩3分と交通の便は悪くない場所にあります。八瀬辺りまで来ると自然がいっぱいで、遠くへ旅行に来たような気分さえ感じられるでしょう。瑠璃光院の建物やお庭は、近年までは喜鶴亭という高級料理旅館だったものです。1日に4組限定だったそうで、その時代をご存じの方もきっとおられることでしょう。

新緑の瑠璃光院もともとこの地には、明治期の実業家・田中源太郎が庵を構え、その庵は三条実美によって喜鶴亭と名付けられました。田中源太郎は亀岡出身の実業家、亀岡では今でも名が知られている人物です。具体的には、山陰線を亀岡まで引き、京都電灯や京都鉄道など数々の会社を設立。今でも彼に起源を持つ建造物や会社は京都にいくつも存在しています。八瀬から比叡山へと登る叡山ケーブルも、田中源太郎の京都電灯がひいたものでした。そんな縁から、彼はこの地に別荘を構えたのでしょう。

新緑の瑠璃光院田中源太郎の庵は、昭和初期に京都電灯の重役の個人別荘として、現在の数寄屋造りの建物に改築され、自然を活かした名庭が造営されました。その後、故あって京都電灯の経営を引き継ぐ京福電鉄の所有となり、先述の高級料亭へと姿を変えました。その料亭が10年ほど前に廃業する際に、貴重な文化財や風景が失われることを惜しんだ光明寺が買い上げて、2005年に現在の瑠璃光院として生まれ変わったのです。このように瑠璃光院は、お寺でありながら高級料亭の面影を色濃く残しているところが、他とは違うといえるでしょう。

新緑の瑠璃光院お庭の特徴は、楓と苔の種類の多さ。楓は約50種類、苔は15種類あります。楓の葉はよく見ると確かに大きさや形が違っていて、秋の色づきも異なります。瑠璃光院の紅葉は見事なグラデーションで、同じ紅葉でも永観堂や東福寺とは一味違った紅葉を楽しめる場所でした。この秋の拝観が行われないのが、惜しまれるところです。苔も他のお庭では使われない種類があり、その分手入れが大変難しいのだそうです。

新緑の瑠璃光院瑠璃光院のお庭は、寺名にも繋がる「瑠璃の庭」と、一筋の川と高低差で龍を表す「臥龍の庭」、山門を入ってからの「山露路の庭」の三種類があり、それぞれに見事。瑠璃の庭は、浄土の世界を再現しているそうです。苔には水が打たれているため晴れた日でもしっとりとしていて、そこに光が差すと一瞬苔が「瑠璃色」に輝いたところから、瑠璃光院と名付けられました。瑠璃の庭に光が当たるのは、基本的には午後です。もしかすると瑠璃色を見られるかもしれませんので、目を凝らしてみて下さい。

新緑の瑠璃光院建物は高低差があり、窓ごとに風景が異なります。この日は住職の方が親切にも窓枠を外して下さり、まるで絵画のような風景を見させて頂きました。私もお客さまも大喜びでした。瑠璃の庭も私たちだけの貸し切りで、ゆっくりじっくりと眺めることができ、ますます拝観が終わってしまうのを残念に感じました。私が初めて瑠璃光院を訪れたのは、もう6年ほど前のこと。ほとんど誰もおらず見事な風景を堪能できたことを思い出します。仕事に疲れた心をホッと癒してくれました。拝観終了の理由は建物の老朽化とのことで、近年は特に秋に多くの方が訪れるようになったことも理由の一つかもしれません。

新緑の瑠璃光院さて、瑠璃光院には「喜鶴亭」の名を受け継ぐ茶室もあります。玄関を入ってすぐには、三条実美直筆の額もかかっていますので、お見逃しなく。また、壬申の乱に際し、大海人皇子が背中の矢傷を治したという「矢背」の伝説にちなんだ「かまぶろ」もあります。かまぶろは料亭時代は実際に使われていたそうです。美しいお庭に雰囲気のよい建物が待つ瑠璃光院。今月末までの最後の公開期間に、是非足を運んでみて下さい。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。


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