西福寺の檀林皇后九相図

昨日まで、六道珍皇寺と六波羅蜜寺のお盆の行事を取り上げましたが、今回はその二つのお寺の間にある西福寺檀林皇后九相図と地獄絵は、いずれも恐ろしい有様がリアルに表現された絵です。なお、今回は非常にリアルに描かれた朽ちゆく遺体の絵の写真がありますので、閲覧はご注意ください。

西福寺は幽霊子育飴で知られる「みなとや」の斜め向かいにあるお寺です。この六道まいりの時期に公開され、地獄絵や檀林皇后九相図(だんりんこうごうくそうず)が知られます。檀林皇后は嵯峨天皇の后で、本名を橘嘉智子(たちばなのかちこ)といい、嵯峨野に檀林寺を創建したところから通称で檀林皇后と呼ばれます。通称の方が有名なのは、神功皇后(気長足姫尊:おきながたらしひめのみこと)とこの檀林皇后くらいでしょう。

出身の橘氏は、源平藤橘の名門の一つながら、彼女の時代には没落していまいた。というのも、祖父の橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)は、反乱を企てた罪で殺され、氏族としては官位の上昇はまず望めない状況にあったのです。にもかかわらず彼女が皇后にまでなれたのは、そのたぐいまれな美貌があったからだといわれています。

京都には檀林皇后にまつわる場所がいくつかあり、梅宮大社にある跨げ石は檀林皇后が跨いだところ、後に仁明天皇となる皇子を授かったといわれます。また、清凉寺には檀林皇后の供養石塔も立っています。六角堂の地ずりの柳の前で嵯峨天皇が出会ったという「絶世の美女」を橘嘉智子とする説もありますが、そもそも嵯峨天皇には30人近くの妃がおり、具体的にどの妃のことかは定かではありません。

檀林皇后は橘氏の権勢を大きく回復させただけでなく、嵯峨天皇の影響を受けて仏教に深く帰依し、唐から禅僧の義空を招き嵯峨野に檀林寺を創建しました。こうして日本で最初に禅を講じた寺が檀林寺だといわれます。ちなみにこの檀林寺は現在の檀林寺とは別物で、檀林皇后の檀林寺は現在の天龍寺一帯を占めた大寺院でした。しかし、平安中期に寺は無くなり、現在の檀林寺は昭和39年に檀林皇后の遺徳をしのんで新たに建てられたお寺です。

さて、檀林皇后九相図です。彼女は仏教に深く帰依していたため、自らの身を獣などの生き物に与えるために、死後は遺体を風葬(野ざらし)にすることを望んだといわれます。これは現代人の感覚からは共感しづらいかもしれませんが、仏教の中には、お釈迦さまが空腹のために我が子を食べようとしていた虎に、崖から身を投げて自らの体を食べさせるという話があります。この場面は法隆寺の玉虫厨子(たまむしのずし)にも捨身飼虎(しゃしんしこ)図として描かれ、檀林皇后の時代にも仏教に帰依している人ならば知っていて当然の逸話だったことでしょう。

加えて、檀林皇后のその美貌から僧侶までも修行に身が入らなくなるということが起こってしまいます。そのため、体が朽ちゆく様子を絵に書きとめて、肉体の不浄と無常さを悟らせようとしたといわれます。これが檀林皇后九相図として残されているもの。一説には檀林皇后が野ざらしにされた場所は、現在の「帷子(かたびら)の辻」といわれます(実際の陵墓は別の場所にあります)。帷子の辻の由来も、檀林皇后の葬儀の列が通りかかった際に、棺にかけていた帷子が落ちたからというもので、いずれも檀林皇后の「死」が関係している点が共通していて面白いですね。

現実的には、僧侶に女性への情欲を断ち切らせるという目的のために作られているのが九相図。つまり「美女」が醜く土に帰っていく場面ならばそれは誰でもよいわけで、九相図にまつわる檀林皇后の話はあくまで俗説です。というのも、他にも小野小町が同じように朽ちていく「小野小町九相図」なるものも存在しているからです。西福寺にある檀林皇后九相図も、実際に檀林皇后の遺体を見て描いたものではありません。檀林皇后は65歳で亡くなっていて、美貌を保ったまま亡くなってはいません。いずれにしても、かつては僧侶に肉体の欲を断ち切らせるために、本物の死体を見に行かせることもあったというのは事実のようで、この九相図も現代人にはなかなか衝撃的ながら、かつては至る所で目撃された光景だったのかもしれません。

西福寺は弘法大師・空海が創建したお寺で、同時代に生きた檀林皇后も参詣し、地蔵尊に皇子の病気平癒を願ったお寺です。そのため九相図のみならず、檀林皇后の像なども見ることが出来ます。他にも悪を戒めるための「地獄絵」も公開されていて、そのリアルさには九相図と同じく目を見張るものがあります。ちなみに、私の家にも系図があり、よくある話ですが先祖をたどると仁明天皇に行きつくことになっています。つまり、檀林皇后も私の「ひいひいひい・・・おばあさん」となるわけで、ご先祖様の凄まじいお姿をまじまじと眺め、ただただ手を合わせて来たのでありました。公開は今日まで。ご興味のある方は、また来年ご覧ください。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。


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