間人の海と城島公園


間人の海

8月前半に京丹後市の間人(たいざ)を訪れました。

間人丹後半島にある間人(たいざ)は、冬の高級蟹のブランド(間人ガニ)として有名な集落です。気象関係者の間ではアメダスがある場所としても知られ、その難読地名が話題になることもあります。間人の名前の由来は、聖徳太子の母である穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)に由来し、竹野川の河口にある巨大な一枚岩「立岩」の付近には幼い聖徳太子とともに像が建てられています。立岩については以前にブログに書きました。

間人の小間港立岩のある場所は間人の入り口で、住宅が密集する間人の街や港はその奥にあります。間人は海に面してはいますが起伏に富んでいるのも特徴で、眺めの良い場所もあれば、崖もあります。そのため漁港も小さく、間人ガニを獲る漁船も小型船が4-5隻しかないともいわれ、荒れる海もあいまった漁獲量の少なさが間人ガニを「幻のカニ」といわしめています。

城嶋しかし、海岸線からわずか15㎞で水深200mに達する急深で起伏に富んだ海底が広がっており、漁場までの距離が近く日帰りで操業できるため、カニは抜群の鮮度を保ち、京都市内の高級料亭からも注文が絶えないそう。カニ好きな方にとってはよく知られた場所だと思います。夏場の間人港はひっそりとしていましたが、海水浴場もあり、親子連れが泳いでいたりサーフィンを楽しんでいる場所もありました。

城嶋の神社さて、間人の先端にあるのが「城嶋(しろしま:城島)」です。松に覆われた標高21mの風光明媚な小島で、戦国時代の天正年間にはその名の通り城が築かれていました。治めたのは丹後の守護職だった一色氏に仕えた荒川武蔵守で、間人には漁業を奨励し発展させたと伝わっています。ただ、1578年に兵を挙げた細川藤孝の丹後攻めによって一色氏は滅び、荒川武蔵守も一色氏について戦ったとされますので、城も以後は姿を消したのかもしれません。

城嶋からの海現在の城嶋は、城島公園として島を一周する遊歩道が整備されて散策することができ、弁財天・水天宮などの神社もあります。かつて間人は北前船の中継地にもなり、今でも当時船を繋いだ杭の跡が城島周辺に残されているといいますが、具体的にはどれかはわかりませんでした。ただ、島の北側では波食棚やポットホールも確認でき、外海の荒波の雰囲気も感じることができました。機会があれば足を延ばしてみてください。

城嶋

城嶋 弁財天

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。8年ぶりに受験した第13回京都検定で再度1級に合格し「京都検定マイスター」となる。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2017」監修。特技はお箏の演奏。


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